欅坂46『角を曲がる』の歌詞の意味を解釈 -らしさって一体何?-

欅坂46
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昨秋公開『響 -HIBIKI-』主題歌『角を曲がる』がついに

主演・欅坂46平手友梨奈さんが、高校生小説家鮎喰響を演じた、『響 -HIBIKI-』。その主題歌であった『角を曲がる』のMVが制作され、9月20日に公式チャンネルより公開されました。MVの監督は『響 -HIBIKI-』を手がけた月川翔監督です。

前日9月19日、欅坂46初の東京ドーム公演最終日のWアンコールとして披露されたのが『角を曲がる』。
他メン推しもいる中、全体のWアンコールとしてソロ曲はどうなのっていう感じもありますが、完全にシングルやアルバムにも乗らず葬られたのかなと思っていた曲が公式からMV付きで出てきたのは素直に嬉しいニュースでした。

欅坂46 『角を曲がる』

1番 Aメロ・Bメロ

みんながおかしいんじゃないのか
自分は普通だと思ってた
でも何が普通なのか?
その根拠なんかあるわけもなくて…

もう誰もいないだろうと思った真夜中
こんな路地ですれ違う人がなぜいるの?
独り占めしてたはずの不眠症が
私だけのものじゃなくて落胆した

欅坂46 『角を曲がる』

語り手は自分が普通じゃないという言葉を受けたのでしょうか?自分が普通ではないということがどういうことか自問します。しかし、その答えは出てきません。何が普通で、何が普通でないのか。仮の線引きをしたところで、それを保証してくれる根拠は存在しないからです。

世の中は時に”普通であること”を要求し、時に”らしくあること”を要求します。
適切な頻度で、適切な程度に”らしくあること”が”普通であること”であるとするなら、普通であるとはなんなのでしょう?

或る人にとって一見マイナスに感じられる特徴も、彼のアイデンティティーを形成しているでしょう。語り手にとって「不眠症」がそうでした。
「不眠症」は決してプラスのものではありませんが、不眠症であることが語り手にとっての「らしさ」の一つの形成要素でした。ですからそれが自分だけのものでないと気づいたとき、落胆してしまうのです。

1番 サビ

らしさって一体何?
あなたらしく生きればいいなんて
人生がわかったかのように
上から何を教えてくれるの?
周りの人間に決めつけられた
思い通りのイメージになりたくない
そんなこと 考えてたら眠れなくなった
だからまたそこの角を曲がる

欅坂46 『角を曲がる』

「らしさって一体何?」

普通が何かなんて決められないなら、その裏返しのらしさだって決まらないように思えます。
「らしさ」という言葉のあやうさを感じる語り手の目には、嬉々として「あなたらしく生きればいい」と語る人が訝しく映ります。私らしく生きたら普通じゃないと言う癖に。
「らしさ」がわかることは、人生がわかると言うことに近い意味を持ちます。でもそれはそんな簡単なことではないから、わかったつもりになっている人々に懐疑的なのでしょう。

決められた「らしさ」の範囲(=「周りの人間に決めつけられた思い通りのイメージ」)に入りたくない。語り手はそこに本当の自分がある気がしています。それを否定する世間に対して、みんなの言う「らしさ」って何なんだ、と問うているのです。

そんなことを考えている語り手はまた眠れなくなります。
「不眠症である」というアイデンティティーは、世間では治療すべき、正すべきと言われます。不眠症であるなんて普通じゃないから。そんな「らしさ」なんて認められないから。

眠れない語り手はなお真夜中の路地を彷徨さまよい、そこの「角を曲が」ります。
不眠症のモチーフは他の何らかの特性のメタファーというよりは、語り手のもつ”普通じゃない”特性の象徴として働いていると考える方が自然な気がしました。

2番 Aメロ・Bメロ

星空さえも中途半端だ
街の明かりが明るすぎて…
明日が晴れようと雨だろうと
変わらない今日がやって来るだけ

本当の自分はそうじゃない こうなんだと
否定したところで みんな他人のことに興味ないし…
えっ なんで泣いてんだろ?

だって近くにいたって誰もちゃんとは見てはくれず
まるで何かの景色みたいに映っているんだろうな
フォーカスのあってない被写体が泣いていようと睨めつけようと
どうだっていいんだ
わかってもらおうとすればギクシャクするよ
与えられた場所で求められる私でいれば嫌われないんだよね?
問題を起こさなければ しあわせをくれるんでしょう?

欅坂46 『角を曲がる』

2番のAメロの前半。ここがこの曲で一番解釈を確定させるのが難しい箇所です。
「星空さえも中途半端だ街の明かりが明るすぎて…」

「街の明かりが明るすぎて…」という理由によって「星空さえも中途半端だ」、と自然に読む場合、普段なら中途半端ではない星空が、明るさによって中途半端になっているということになります。
また、”星空が中途半端だ”がピンとこない表現ですから、「星空」という単語は換喩的に”星空の〇〇さ”を表していると考えられ、例えば、”星空の美しさ”、”星空の威厳”、”星空の明るさ”、”星空がいかに沁みるか”といった内容になります。

特に限定しなくても、これらの星空の性質、ひっくるめて街の明かりで霞んでしまっているというイメージが伝わってきます。

Bメロはポエトリーリーディングになります。
ここまでで普通じゃない自分は受け入れられないと言いつつ、みんな「他人(である語り手)のことに興味ないし」と述べられています。

一見矛盾したように見えますが、これは、”意志を持った個人としての他人”に興味がなく、当然普通であるべき「何かの景色」としてぼんやりと視界に入っているという意味です。普通の人たちの集合中にある”普通でありたくない語り手”は当然普通であることが要請されつつも、みんなにとって興味はなく、ただの一部になっています。

「フォーカスのあっていない被写体」はみんなの興味の外にある自分という存在のメタファーです。
ただ、「被写体」という表現には、被写体を撮ろうとする意志のイメージが入ってしまうので、「興味ない」という表現と合わない表現になってしまっています。
「フォーカスのあっていない被写体」ではなく「写り込んでしまった通行人」の方が、メタファーとして適切な気がします。

「わかってもらおうとすればギクシャクするよ」「与えられた場所で求められる私でいれば嫌われないんだよね?」「問題を起こさなければしあわせをくれるんでしょう?」。この3つのセリフには異端者の思いが皮肉を込めて吐露されています。

2番 サビ

らしさって一体何?
あなたらしく微笑んでなんて
微笑みたくないそんな一瞬も
自分をどうやれば殺せるだろう?
みんなが期待するような人に
絶対になれなくてごめんなさい
ここにいるのに気づいてもらえないから
一人きりで角を曲がる
Ah Ah Ah Ah

欅坂46 『角を曲がる』

「あなたらしく生きればいい」と言われますが、そこには期待された”あなたらしさ”が存在しています。その領域を外れてしまう”語り手のらしさ”は、「らしさ」と認められず、普通じゃないと批判されてしまいます。
そんな思いが”あなたらしく微笑んで→微笑みたくない”のモチーフで表現されています。

このモチーフが暗喩メタファーであるか、それとも象徴シンボルであるか、判断が難しいところです。語り手が「あなたらしく微笑んで」の言葉に対して微笑みたくないと考えるほどに天邪鬼あまのじゃくな存在として描かれてはいないため、私は暗喩メタファー優位であると考えています。

2番サビと言いつつ、落ちサビと大サビのようなサウンドになっています。後半の「みんなが期待するような人に絶対になれなくてごめんなさい」という表現では、みんなの期待の範囲で生きることができたらどんなに自分とみんな双方にとって楽だろうという思いが歌われます。
この楽曲全体を通して、”「らしさ」を押し付ける”、という世間の自己矛盾に巻き込まれる自身を憂いつつ、巻き込まれられない自分に苦しみ、できることなら「普通」に生きたいと願っている語り手の思いがここに表れています。

この点は欅坂46『黒い羊』などに描かれた異端者たる語り手像と大きく異なる点になっています。

それを踏まえると「らしさって一体何?」という生々しい言葉には、世間への懐疑としての意味だけでなく、らしくなりたい語り手の、焦り、迷走、不安をあてもなくぶつけた言葉としての意味も色濃く見えてきます。


190929 公開
190930 タイトルを変更・歌詞の体裁を訂正・更新情報欄を追加
200916 本文を一部訂正

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