24th「夜明けまで強がらなくてもいい」を解釈 -明けない夜はない-

乃木坂46
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フロントメンバーに四期生3人が抜擢された24thシングル

3期生の「三番目の風」が収録されているのは17th「インフルエンサー」。続く18thシングル「逃げ水」では大園桃子さん、与田祐希さんがWセンターで抜擢されました。
23rd「Sing Out!」には「4番目の光」が収録されていましたから、24thシングルで四期生がセンターに選ばれるのは予想済みでしたが、フロント3人を四期生、賀喜遥香さん、遠藤さくらさん、筒井あやめさんで固めてしまうフォーメーションには驚きがありました。そんなこの楽曲はどんな歌なのか、早速見ていきましょう。

乃木坂46のオールナイトニッポンで音源初公開!

9/4発売予定の24thシングルの表題曲「夜明けまで強がらなくてもいい」の音源が、2019/8/1の乃木坂46のオールナイトニッポンで初O.A.となりました!ぱちぱち

公式チャンネルから公開されたMVは物語調ではなく写真集のようにカットが切り替わっていく構成になっています。

乃木坂46 『夜明けまで強がらなくてもいい』

タイトルだけ見ると、”帰り道”や”いつでき”のように少し説明的な印象を受けます。この表現だけ見せられても、どういった意味なのか少し捉えづらいですよね。[(いつも強がっているんだから)夜明けぐらいは強がらなくていい]のか、[夜明けまでの間は強がらなくていい、素の自分でいられる]のか、[夜が明けたら強がらなくちゃいけない]のか。表題曲だし、多分ポジティブな2つめなのかなと思いながら聴き始めます。

1番のAメロBメロ -不安に眠れなくなった語り手を直接と婉曲の両面から表現-

風が悲鳴をあげ窓震わせて
水道の蛇口から後悔が漏れる

過ぎ去った一日を振り返って
眠れなくなるほど不安になるんだ

誰に相談しても考え過ぎだと言う
自分をどうやって認めればいいのか?

乃木坂46 『夜明けまで強がらなくてもいい』

Aメロでは語り手の目線を通して情景を描写します。家の外では風がヒューヒューと悲鳴をあげて窓はガタガタと震えています。「過ぎ去った1日を」という表現から、これは一日の活動を終えた夜の様子であると考えられます。秋元さんは蛇口が好きですね、他に秋元さんが好きなモチーフには横断歩道とか、ガラスとかがあります。

ここで解釈を離れ、鑑賞の領域に入りますが、「漏れる」という表現に注目してみましょう。後悔が”流れ”ているのではなく、「漏れ」ているということから、後悔を”抑圧し出てこないようにしているが、止めきれない”というニュアンスが伝わってきます。そして、語り手が描いている蛇口は解放されているのではなく、閉まりが甘くて水が垂れ出ている様子が聴き手に伝わります。
私が最初に曲を聴いて思ったイメージは”夜の部屋の中でぽたぽたと水の垂れる蛇口を見ている”というものでした。しかし、このイメージを持つと、”語り手の部屋の電気は落とされ、横になっているのに、蛇口から垂れるぽたぽたという音が耳について眠れなくなっている”というイメージで歌詞を鑑賞することができます。
このイメージはもちろん「眠れないほど 不安にな」っている語り手の状況を、眠れない理由(=不安・後悔)を水の垂れる音に憑依させることで、「ぽたぽたが気になって寝付けない様子」と重ね合わせて表現しています。

電気を消し、横になる。風は強く、窓はガタガタ鳴っている。しばらくして、嵐の音の中に、台所から聞こえる、ぽたぽたと漏れる水の音を見出し、急に気になりだす。耳についてしまった音は、頭から離れなくなって眠れなくなる。

こんなよくあるイメージが、考えすぎで眠れなくなった語り手の様子とよく共鳴しています。
さらに、この蛇口から水が垂れるイメージは”涙を流す語り手”のイメージをちらっと聴き手に与えることで、サビで「暗闇は涙を捨てる場所」という表現を自然に登場させる結果になっていると言えます。

<情景描写の後に入る4小節の効果>

実際の楽曲を聴いてみると、「後悔が漏れる」と「過ぎ去った1日を」の間には4小節Introがブリッジのように挿入されています。この4小節間はこの歌詞を当てはめられたとき、情景描写を思い浮かべイメージする時間を聴き手に与えるような効果を持っているように感じられます。抜いてしまうと少し展開が早く感じられ、楽曲を味わうより先に疾走感が勝ってしまいます。

前後で歌詞の内容が婉曲表現と直接表現で鏡合わせになった構造に、よくマッチした曲構造になっていると思います。

1番のサビ -「涙を捨てる場所」として描かれる”夜”-

光はどこにある? 僕を照らしてくれよ
暗闇は 暗闇は 涙を捨てる場所
希望はどこにある? 生まれ変わる瞬間
夜明けまで もう 強がらなくていい

乃木坂46 『夜明けまで強がらなくてもいい』

“眠れなくなった語り手”がいる暗闇。そこは「涙を捨てる場所」と表現されます。「涙を捨てる場所」とは、”泣いてはいけない場所”という意味ではなく、”別の場所で涙を流さないために思いきり泣いていい場所”と解釈できます。

だから、暗闇に「僕を照らしてくれ」る光が差し込む「夜明け」になったら、涙を拭いて強がろう。でもそれまでは、「強がらなくていい」と言えるのです。

2番 -強がらず+立ち上がろう-

当たり前のようにできたことが
自信がなくなって部屋を出たくない

情けない自分が腹立たしく思えて
命の無駄使い 誰に謝るか

光はどこにある? 僕を導いてくれ
太陽は 太陽は 夢の背中を押す
明日はどこにある? ヨロヨロと立ち上がれ
夜明けまでは さあ かっこ悪くていい

乃木坂46 『夜明けまで強がらなくてもいい』

2番のAメロ、Bメロには1番の自身への不安・後悔・苛立ちといったものが別角度から歌われています。

2番サビでは、Cメロへ向けて、「夜明け」の象徴たる「太陽」が登場します。また、「強がらなくていい」に対する表現として「かっこ悪くていい」が使用されています。この2つのニュアンスはどのような違いで解釈されるべきでしょうか?
1番の「強がらなくていい」は”虚勢を張らず、期待の中の自分(後から出てきます)に劣った自分を認めてやること”をやさしく認める表現になっています。
一方、2番の「かっこ悪くていい」は直前の「よろよろと立ち上がれ」も相まって、自己嫌悪の「暗闇」の中にありながらも何かもがいて行動的なイメージが加わります。「立ち上が」っていること自体を素晴らしいことだと考えて、“かっこ悪い(=強がっていない)状態でもいいから、ただ立ち上がっていよう”という、より動的な意味が加わっていると言えます。

Cメロ〜大サビ -実際に「夜明け」を迎えて-

朝日が見えて来た 弱音はもう吐かない
今日こそは 今日こそは 自分らしく生きる

光はどこにある? 僕を照らしてくれよ
不安とは 不安とは 期待の裏返しか
希望はどこにある? 生まれ変わる瞬間
太陽よ 太陽よ 連れ出してくれるのか?
すぐに夜明けが来る

乃木坂46 『夜明けまで強がらなくてもいい』

Cメロには「夜明け」を迎えた語り手の心境が清々しく歌い上げられています。「夜明け」を迎えた語り手は弱音をもう吐かないことを宣言し、不安を捨て、「自分らしく生き」始めます。

そして大サビでは”夜”に感じていた不安が自分への「期待の裏返し」であると、不安を肯定的に捉えていることが示されます。

そして最後の「すぐに夜明けが来る」という表現によって、今「暗闇」の中にある人たちにエールを送っています。

「夜明けまで強がらなくてもいい」は”夜”と”夜明け後”を両方肯定的に受け止める

Cメロ以降の語り手は一貫して前向きに進む姿勢を見せており、自己嫌悪に苛まれる”夜”から脱却したことは肯定的に記述されています。しかしながら、同時に”夜”にある自分のあり方は否定されているわけではなく、1番2番において、“夜明け”を迎える前の段階としてその存在は肯定的に描写されています。

この論理構造は非常に特徴的で、単純に「落ち込んでいないで立ち上がろう」といった主題を持つよりも、様々の人々の精神状態をありのまま受け止めてあげようという優しさが見られます。かといって、「自己嫌悪に陥っているあなたもあなただ」という主題が持つように、”夜明け後”と”夜”を薄っぺらく同等に捉えているわけでもないのです。

精神状態のメタファー「暗闇」・「夜明け」が持つイメージの1つは自発性である

ここまで解釈してきたように、”夜”、「夜明け」といった時間情報はそれぞれ、”自己嫌悪に苛まれた精神状態”、”前向きな精神状態になる転換点”のメタファーとなっていると言えます。これらのメタファーは2つの精神状態の関係性をどのように描写する効果を持っていると言えるでしょうか?

以下は解釈より鑑賞の範囲であり、いくつかの捉え方ができる領域に入って来るかもしれません。私が考えるこのメタファーの意味は“自発性”です。すなわち、精神状態がだんだんと移っていく変化は自発的であるということを暗に示す効果があるということです。

夜はしばらくすると勝手に、夜明けを迎えます。夜を迎えた人々は夜明けを探したりはしません。ただ夜明けを待ちます。待っていなくたって夜明けはやって来ます。この関係をメタファーとして用いることで、

いま、”自己嫌悪に苛まれた精神状態”にある人は、前向きになろうという意味で頑張る必要はない。まして前向きなふりをして強がる必要もない。自己嫌悪を認めてあげて、泣きたいだけ泣きながら、よろよろとでもいいから強がらないことをしてみよう。そうしているうちに、勝手に”前向きな精神状態”になっているだろう。ちょうど夜の暗闇が何もしなくても「夜明け」を迎えるように。

という主題を伝えていると考えることができるでしょう。ちょうど「明けない夜はない」「止まない雨はない」という言葉の意味するところと近いと言えるでしょう。
例えば、別のモチーフとして、長いトンネルの内と外に喩えていたらどうでしょうか。このような自発性のイメージは生まれて来ません。むしろトンネルに迷い込んだ人たちが頑張って主体的に抜け出そうとするイメージになってしまいます。

このように、私は選ばれたモチーフに自発性のイメージを感じました。他に、例えば循環性のイメージを自発性よりも強く捉えた人もいたかもしれません。その場合、Cメロで前向きな精神状態を取り戻した語り手も、いつかはまた自己嫌悪を感じることが示唆されます。その意味においては、最後の発言「すぐに夜明けが来る」は未来の自分への戒め・贈る言葉として発されていると理解することもできるでしょう。

聴き手によって受け取り方が変わらない部分をしっかりと解釈することで、「鑑賞」の幅が広がり、より歌詞鑑賞を楽しめます。皆さんはどのような受け取り方をしていたでしょうか?


190804 公開
190905 歌詞の一部を修正・出典を追加

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