四期生楽曲「4番目の光」のモチーフとぴったり合う乃木坂のいま

乃木坂46
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乃木坂46四期生って?

乃木坂46四期生は欅坂二期生、けやき坂(現在の日向坂)三期生とともに坂道合同オーディションで募集され、11人が選ばれました。今回紹介する「4番目の光」は、23rdシングル「Sing Out!」に収録された四期生楽曲です。ちょうど「三番目の風」の四期生版だと思えばいいですね。

乃木坂46 『4番目の光』Short Ver.

1番〜2番 -どの部分もストレートでまっすぐな歌詞-

遠くから憧れていた
その清楚で凛々しい先輩の姿
坂道のあの高校と
同じ制服を着たい その夢が叶った

鏡に自分を映して くるりと一周回った
エムブレムにふさわしい未来 汚(けが)さぬように頑張るしかない

4番目の光を探しに行こう どこかにきっとあるだろう
私たちの世代だけのその輝き 新しい色になる

乃木坂46 『4番目の光』

1番の歌詞から見ていきましょう。前提として、曲を通して「坂道のあの高校」は乃木坂46の暗喩であると考えます。私は原則として歌詞はそのコンテクストよりも歌詞内で完結している内容から優先して解釈されるべきだと考えています。しかし、殊この楽曲に関しては、解釈が四期生楽曲であるというコンテクストを確実に要求していると言えるため、このような構成で進めていきます。そもそもアイドル用語の”期生”が、学園を意識したものでもあります。

まず「凛々しい先輩の姿」に「遠くから憧れていた」という四期生の描写から始まります。テレビや雑誌など、心理的な遠くから憧れて乃木坂の先輩たちを見ていたことがわかります。一から乃木坂46を始めた一期生と違って既にファンであったような人たちがオーディションを受けて入ってきたというのは三期生の頃から出てきた新しい感覚でした。
乃木坂というブランドの重さは「エムブレム」に象徴され、それを引き継いでいく責任感と、反面「私たちの世代だけのその輝き」を探して行こうという決意が併せて四期生の心情として代弁されています。

制服に袖を通して
胸に込み見上げてくる万感の想い
坂道を今 すれ違う
卒業生がやさしく頑張れと微笑む

自分に何ができるのか 不安と期待が膨らんで
夜明け前に目が覚めてしまう 私らしく全力で走ろう

4番目の光になれますように まっすぐ道を進むだけ
いつの日か次の世代に繋ぐために 暗闇を切り拓け

乃木坂46 『4番目の光』

2番の始めには「万感の思い」という表現が用いられています。本当はその万感の思いを描写していくのが歌のあるべき姿なのですが、ここではあえて、春の慣用句的なこの言葉を用いて最小の文字数に思いを詰め込んでいるように感じられます。解釈とはちょっと離れますが、私のこの曲のお気に入りポイントです。

2番のAメロでは、卒業生が歌詞に登場します。三期生加入の頃と違い、四期生が加入した2018年は生駒里奈さん、若月佑美さん、西野七瀬さんを始め多くのメンバーが”卒業”していく年であり、この曲が収録された23rdシングルではキャプテン・桜井玲香さんも卒業を発表されています。先輩たちの”卒業”と入れ替わりで乃木坂に”入学”していくという四期生の存在。彼女たちは先輩たちの作り上げたものを直接受け取ることが三期生よりも難しいなか乃木坂46に加入しました。
一方その頃、「坂道のあの高校」には四期生が入学して、3年先輩の一期生が卒業していきます。この入れ替わりは学校前の坂道ですれ違い、エールをもらうという叙述で表現されています。この高校のモチーフは、”卒業ラッシュ”のなか加入する四期生を歌うのにもってこいの恐ろしくぴったりなメタファーなのです。

Cメロ

もし雨が降ってぬかるんでも
しっかり歩いて行く
やがては 地面も乾く

雨雲の隙間 ほら差し込む
光たちよ
この坂道 登れ!

こんなに素敵な場所にいられたことを
誇りに思えるように
輝こう

4番目の光を探しに行こう どこかにきっとあるだろう
私たちの世代だけのその輝き 新しい色になる

光は愛

乃木坂46 『4番目の光』

“矛盾描写”

Cメロでは「光たち」にたとえ、それが雲の流れとともに坂道を登っていく様子を歌っています。私はこの部分を聞いて、少し驚きました。というのも私が思っていた「坂道のあの高校」は都会のお嬢様学校で、脇に桜の木があるようなアスファルトの坂道を思い浮かべていたからです。
坂道を土にしてしまうとどうも田舎臭くて「憧れていた」キラキラ感が出ませんし、そもそも都会にないと「乃木坂46」の暗喩として機能しません。かといって濡れて乾く描写が坂道以外の場所(例えばグラウンド)と読み取るのも無理があります。校内の土の坂道だと解釈するのもそぐいません。卒業生と新一年生がすれ違うべきなのは学校の門の前の坂道でしょう。

この部分を解釈するにはこれらのうちどれかの状況を受け入れなければなりません。このような点を私は”矛盾描写”と呼んでいます。歌詞解釈を行なっていくにあたっては、一見”矛盾描写”に見られるポイントにこそ解釈のコアがあることが多いのですが、この楽曲については”矛盾描写”を解決できる解釈に行き着かなかったため、そのまま紹介します。解釈に行き着いた場合は後日補足して掲載することとします。

「登れ!」は誰の言葉?

「光たちよ この坂道 登れ!」。Cメロの最後に登場する言葉です。この印象的な言葉は誰の言葉なのでしょうか?一見すると、雲間から差し込んでいる「光たち」を四期生のメタファーとして、坂道を登って成長していく様子を願いを込めて命令形で表現しているように読み取れます。しかし、歌詞の全文を通して読むと、一貫して語り手=新一年生(=四期生)であり、従ってこの「登れ!」も四期生の言葉として解釈されるべきです。

つまり、これは坂道を登っていく「光たち」に自分たちを重ね合わせた四期生が光たちを応援する形で自身を鼓舞している言葉であると解釈されます。決して我々ファンの応援の言葉ではありません(笑)。

まとめ -そもそも4番目の光とはなんぞや?-

なぜ三番目は風だったけど、4番目は光なのか。なぜ作詞者は4番目の「光」を選んだのだろう?

ここから書くことは解釈の範囲を逸脱する可能性がある。私は”作品優先の原則”に示したように作詞者の意図とは独立に作品の内容が決まるべきであるという立場であり、解釈に作詞者の意図を持ち込むことには多分に注意しなければならない。

“作品優先の原則”についてはこちら

そのヒントはサビの「新しい色になる」にあります。ヒトは色を3原色(Red, Green, Blue)の重ね合わせによって認識しています。それが四期生という“4番目の原色”が入ることにより「新しい色」になるのでしょう。このイメージから作詞者は「光」をメタファーとして採用したのかもしれません。

 

 

 

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